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STUDIO TORIUMI / SHADOW

囲い込まれているのではない。
見る場所が違うだけ。

「本当に優秀な人の情報は表に出てこない」と言われます。調べてみると、逆でした。ここに挙げた10人は全員、無名の時期にも公開された場所に痕跡を残しています。arXiv、自分のホームページ、GitHub。誰でも見られる場所です。探し方を知らないだけで、隠されてはいません。

01 / RANKING実績で選んだ10人

「有名度に対して、実績が突出している」順です。全員、当時ほぼ無名でした。

1

グリゴリー・ペレルマン

Grigori Perelman

100年解けなかったポアンカレ予想を証明しました。ミレニアム懸賞問題の7つのうち、いまも唯一解かれたものです。

論文誌に一度も投稿していません。2002〜2003年、arXivにプレプリントを3本置いただけ。フィールズ賞を辞退し(史上初)、100万ドルの賞金も受け取らず、数学から離れました。「自分の証明が正しいなら、賞は必要ない」

痕跡arXivに3本。誰でも今すぐ読めます。世紀の証明が、査読誌を一度も通っていないという事実そのものが、この一覧の趣旨です
2

張益唐(チャン・イータン)

Yitang Zhang

2013年、双子素数予想に初めて本質的な穴を開けました。「差が7000万以下の素数の組が無限にある」を証明。それまで、有限の差で無限に存在することは誰も示せていませんでした。

このとき58歳、無名の講師。博士号取得後は定職に就けず、会計や配達の仕事をしていた時期もあります。論文は Annals of Mathematics3週間で受理されました。数学の一流誌としては異例の速さです。

痕跡arXiv と Annals。無名だったのは経歴の話で、実力の話ではなかった——査読者は3週間で見抜きました
3

リサ・ピッチリロ

Lisa Piccirillo

2018年、学会でコンウェイの結び目問題を知りました。50年以上、誰も解けなかった問題です。

1週間で解きました。当時は大学院生。しかも本人は「大した仕事ではない」と思い、しばらく人に言わなかったと伝えられています。

痕跡arXiv:1808.02923「The Conway knot is not slice」。1本のプレプリントで、50年が終わりました
4

ファブリス・ベラール

Fabrice Bellard

おそらく現存する最も生産的なプログラマのひとりです。FFmpeg(世界中の動画がこれで処理されている)、QEMU(仮想化の基盤)、Tiny C Compiler。どれも1人で書き始めています。

さらに、円周率の新しい計算公式(ベラールの公式)を発見し、スーパーコンピュータではなく普通のPC1台で計算記録を出しました。2012年には通信会社 Amarisoft を共同創業。

痕跡bellard.org という自分のホームページ。飾りのない一覧が置いてあるだけです。SNSでの発信はほぼありません。これがいちばん「シャドウ」らしい形
5

望月新一

Shinichi Mochizuki

2012年8月30日、ABC予想を証明したとする論文4本・約600ページを公開しました。宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)と呼ばれます。

公開したのは論文誌ではなく自分のホームページでした。海外の学会にも出ず、説明のために出向くこともほとんどありません。理論の正しさについては、いまも国際的な合意がありません。そこは正直に書いておきます。

痕跡京都大学のサイトにある本人のページ。世界を揺らした600ページが、そこに置いてあるだけという状態が10年以上続いています
6

許埈珥(ジューン・ホー)

June Huh

2022年フィールズ賞。組合せ論の長年の予想を、代数幾何の道具で解きました。

経歴が異常です。10代は詩人を志し、高校を中退。数学の成績は良くありませんでした。大学も長くかかり、数学を本格的に始めたのは遅い時期です。「早熟でなければ数学者になれない」という通説の、いちばん強い反例です。

痕跡arXiv。経歴の断絶は、実力の断絶ではない——履歴書で人を測ることの危うさが、ここに全部出ています
7

ダニエル・J・バーンスタイン

Daniel J. Bernstein(djb)

暗号技術者。Curve25519ChaCha20 は、いまあなたがこのページを見ている通信でも使われている可能性が高いものです。

さらに暗号技術の輸出規制をめぐって米国政府を訴え、勝訴しています(Bernstein v. United States)。「コードは言論である」という判断を引き出した裁判です。いまの自由な暗号技術は、この人の訴訟の上に立っています。

痕跡cr.yp.to という個人サイト。1990年代のままの見た目で、中身は最先端です
8

マリナ・ヴィアゾフスカ

Maryna Viazovska

8次元での球の最密充填問題を解きました。3次元でさえ400年かかった問題です。しかも解法が短く、美しいことで知られています。8次元を解いた直後、共同研究で24次元も解きました。

2022年フィールズ賞。受賞するまで、数学の外ではほぼ知られていませんでした。

痕跡arXiv。解いた瞬間に、まずプレプリントとして公開されました。誰でも当日から読めた
9

レスリー・ランポート

Leslie Lamport

分散システムの土台を作った人です。Paxos(多数の機械で合意を取る方法)、論理時計、そしてLaTeX。世界中の論文がLaTeXで書かれていますが、書いた本人の顔を知っている人はごく少数です。

2013年チューリング賞。受賞後もほとんど表に出ません。いまは TLA+ という形式仕様記述言語を作っています。

痕跡Microsoft Research の個人ページ。論文を1本ずつ、自分で注釈をつけて並べてあります。本人による解説つきという、極めて珍しい形
10

ウラジーミル・ヴォエヴォドスキー

Vladimir Voevodsky

2002年フィールズ賞。そのあと、自分の過去の論文に誤りがあったことを公表し、「人間が証明を検証することの限界」に取り組み始めました。

そこから生まれたのが単価公理的基礎論(Univalent Foundations)です。数学そのものを計算機で検証できる形に組み直そうという計画で、いまも続いています。2017年に51歳で亡くなりました。

痕跡arXiv と IAS のページ。「自分は間違えた」から始まる仕事は、この一覧でここだけです

02 / THESIS10人に共通していたこと

ひとりも、隠れていませんでした。

この一覧を作る前、私も「本物はプライベートなネットワークにいて、公には出てこない」と思っていました。10人分を辿ってみて、それが違うと分かりました。

  • 全員が、公開の場に置いていた。arXiv、自分のホームページ、大学のサイト。閲覧に会員登録すら要らない場所です
  • むしろ論文誌より先に出している。ペレルマンは査読誌に一度も出していない。ヴィアゾフスカは解いた直後にプレプリント。速い人ほど、公開の場が先になります
  • SNSはほぼやっていない。ベラールもランポートも、発信は自分のページの一覧だけ。「SNSにいない=隠れている」ではなく、そもそも興味がないだけ
  • 無名だったのは経歴の話。張益唐は58歳の講師、ジューン・ホーは高校中退、ピッチリロは院生。肩書きで測ろうとすると、全員取りこぼします

だから、この一覧に「リーク」は一件も要りませんでした。全部、公開された一次資料から辿れます。もし本当に非公開の場所にしか無い情報があるなら、それは本人が公にしないと決めたものです。そこは、こちらが踏み込む話ではないと考えています。

03 / HOW自分で見つける方法

ここが実用です。有名になる前に見つけたいなら、見る場所はこの5つです。

arXiv の新着を、分野で絞って毎日見る これがいちばん効きます。数学と物理は、論文誌より先にここへ出ます。ペレルマンもヴィアゾフスカもピッチリロも、世界で最初に読めた場所はここでした。分野の記号(math.GThep-thq-bio.NC)で絞れます
謝辞と共著者の欄を読む 本文より、ここに人が出ます。「有益な議論に感謝する」と書かれている名前は、その分野で実際に効いている人です。まだ論文を出していない院生の名前も出てきます
GitHub のコミット履歴を見る スター数ではなくコミットの中身。有名でないリポジトリに、異様に密度の高い実装を1人で積んでいる人がいます。ベラールを見つけるならここです
博士論文のリポジトリを漁る 各大学が公開しています。論文になる何年も前の仕事がそのまま置いてあります。指導教員の名前から辿るのも早い
特許の発明者欄を見る 企業に囲い込まれている人は、論文を書けなくても特許には名前が載ります。本人が発信していなくても、ここには残る。「囲い込まれた人材」を探すなら、実質ここが唯一の公開経路です

コツをひとつ。「すごい人」で探さず、「まだ誰も引用していない、変な論文」で探してください。引用が多いものは、もう見つかっています。誰も見ていない場所にしか、先回りの余地はありません。

04 / NOTEこの一覧について

順位は「有名度に対する実績の突出ぶり」で付けています。能力の順ではありません。そもそも比較できるものではないので。

存命の方も含まれます。公開されている業績と、本人が公開している場所だけを載せています。私生活や所在に関わることは書いていません。

望月新一氏のIUT理論については、正しさの国際的な合意がありません。それでも入れているのは、この一覧が「正しさ」ではなく「表に出ない形で置かれた仕事」を集めているからです。評価が割れていることも含めて書いておくのが、誠実だと考えました。