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読み物 / 学校と言葉の歴史

「あなた方は神に選ばれました」青山学院の150年と、「選ばれた」という言葉の意味

キリスト教の学校の入学式では、「あなたがたは神に選ばれた」という趣旨の言葉が語られることがあります。受験を勝ち抜いた自負をくすぐる言葉にも聞こえますが、もともとの意味は少し違います。このページでは、その言葉の出どころと、青山学院が150年かけて「選ばれた者の務め」を何だと考えてきたかを、年表でたどります。

2026-09-25 作成 / 青山学院の公式ページではありません。沿革は学院の公開資料にもとづき、出典は末尾に / 信仰を勧めるものではありません

要点

  1. 言葉の出どころは、ヨハネによる福音書15章16節とみられます。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」。この節は「実を結ぶために」と続きます。選ばれたのは特権のためではなく、役目のためです。
  2. 青山学院は、アメリカのメソジスト監督教会の宣教師が開いた三つの小さな学校から始まりました(1874・1878・1879年)。メソジストの伝統は、神の招きはすべての人に開かれていると考えます。「選ばれた」は「一部の人だけが救われる」という意味ではありません。
  3. スクール・モットー「地の塩、世の光」(1999年制定、マタイによる福音書5章13〜16節)も同じ方向を向いています。塩は目立たないところで働き、光は周りを照らす。学院はこれを「あなたはかけがえのない存在だ」という宣言だと説明しています。

01「選ばれた」は、どこから来た言葉か

あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。ヨハネによる福音書 15章16節(口語訳)

イエスが弟子たちと最後の食事をした夜に語った、長い別れの言葉の一節です。直前でイエスは弟子たちを「僕(しもべ)」ではなく「友」と呼び、この節のあとは「それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり」と続きます。

つまりこの「選んだ」は、試験の合格者を決めるような選抜ではありません。自分で名乗り出たのではなく、呼ばれた。呼ばれたのは、行って実を結ぶためだ、という話です。キリスト教ではこれを「召命(しょうめい)」、呼び出されて役目を与えられること、と言います。

入学式でこの言葉を聞くと、「難関をくぐり抜けた自分たちは特別だ」と受け取りたくなるかもしれません。けれども元の文脈に沿えば、言われているのはむしろ逆で、「自分の力で入ったと思うな。与えられた場所で、人のために実を結べ」に近い意味になります。

メソジストは「選び」をどう考えたか

キリスト教には「神は救われる人をあらかじめ選んでいる」という予定の教え(予定説)を強く打ち出す流れもあります。青山学院の源流であるメソジストは、18世紀イギリスのジョン・ウェスレーに始まる運動で、この点で違う立場を取りました。神の恵みはすべての人に先回りして差し出されていて、誰もがそれに応えられる、という考え方です。

だから、メソジストの学校で「あなたがたは選ばれた」と言うとき、それは「ここにいない人は選ばれなかった」という線引きではありません。一人ひとりが呼ばれていて、ここではそれに応える場を与えられた、という意味で読むのが自然です。

信仰のない学生にとっては

日本のキリスト教主義の大学では、学生の多くはクリスチャンではありません。礼拝や聖書の授業は学びの一部として用意されていますが、信仰を持つかどうかは本人の自由です。信仰がなくても、「自分の実力だけでここにいるわけではない」「ここで得たものを人のために使う」という読み方なら、宗教を問わず受け取ることができます。

02三粒の種 — 三つの小さな学校

青山学院は、一つの学校として生まれたのではありません。アメリカのメソジスト監督教会から派遣された宣教師たちが、東京と横浜に開いた三つの小さな学校が、のちに一つになりました。学院はこれを「地に播かれた三粒の種」と呼んでいます。

1874
女子小学校

ドーラ・E・スクーンメーカーが東京・麻布に開いた女子のための学校。11月16日の開校が、学院の創立記念日になっている。

1878
耕教学舎

ジュリアス・ソーパーが東京・築地に開いた男子の学校。のちの東京英学校、東京英和学校。

1879
美會神学校

ロバート・S・マクレイが横浜・山手に開いた、伝道者を育てる神学校。

明治の初め、キリスト教の禁制を示す高札が撤去されたのは1873年です。三つの学校は、その直後の時代に開かれました。女子の教育から始まっていることも、この学院の特徴です。

03年表 — 青山の地に根を張るまで、そして150年

  1. 1874ドーラ・E・スクーンメーカーが麻布に女子小学校を開く(11月16日、のちの創立記念日)。
  2. 1878ジュリアス・ソーパーが築地に耕教学舎を開く。
  3. 1879ロバート・S・マクレイが横浜・山手に美會神学校を開く。
  4. 1881耕教学舎が東京英学校と改称。
  5. 1882美會神学校が東京英学校と合同。青山にあった開拓使の農事試験場の跡地を購入する。資金はアメリカのジョン・F・ガウチャーの寄付による。
  6. 1883学校が青山に移り、東京英和学校と改称。
  7. 1887寄付者の名を冠した校舎、ガウチャー・ホールが建つ。
  8. 1894東京英和学校が「青山学院」と改称。同じ年、女子の学校の系譜は青山女学院となる。
  9. 1927青山学院と青山女学院が合同する。
  10. 1943戦時体制のもとで神学部が閉鎖される。
  11. 1944専門部(文学部・高等商業学部)が閉鎖され、明治学院専門学校に合併させられる。
  12. 1945東京大空襲で、学院の建物の約7割を失う。
  13. 1949新制の青山学院大学が設置される。
  14. 1950青山学院女子短期大学が開校(2022年に閉学、72年間で約6万2千人を送り出した)。
  15. 1982神奈川県に厚木キャンパスを開き、国際政治経済学部を置く。
  16. 1999スクール・モットー「地の塩、世の光」を定める(マタイによる福音書5章13〜16節)。
  17. 2003相模原キャンパスを開き、厚木キャンパスは21年で閉じる。
  18. 2013キャンパスの配置を見直し、多くの学部が青山で入学から卒業まで学べるようになる。
  19. 2015陸上競技部が箱根駅伝で初めて総合優勝。2026年には3連覇を果たし、通算9回となる。
  20. 2024創立150年。

04戦争の時代に起きたこと

年表の中で、1943年から1945年の3年間だけは、学校が自分で選んだ変化ではありません。戦時体制のもとで、キリスト教の学校は「敵国の宗教」と結びつけられ、神学部は閉鎖され、文学部と高等商業学部は他校に合併させられました。そして1945年の空襲で、建物の約7割が焼けました。

戦後の1949年、青山学院は新制大学として出直します。宣教師が種を播いてから75年目のことでした。

05「地の塩、世の光」を読む

あなたがたは、地の塩である。……あなたがたは、世の光である。マタイによる福音書 5章13〜14節(口語訳)

山上の説教の一節です。学院の説明では、塩は味をつけ、腐敗を防ぎ、清めるもので、目立たないところで社会のために働く姿を表します。光は道を示し、照らし、温めるもので、周りに希望を与える姿を表します。そしてこれは「こうなりなさい」という教えである前に、「あなたはすでに、かけがえのない存在だ」という宣言だとされています。

入学式の「あなた方は選ばれた」と、このモットーは同じことを別の角度から言っています。あなたは呼ばれてここにいる。だから、塩として、光として、人のために働け。

06この言葉の、三つの受け取り方

受け取り方聞こえ方元の文脈との距離
特権として難関をくぐり抜けた自分たちは特別だ遠い。元の節は「自分で選んだのではない」と言っている
役目としてここで得たものを、行って人のために使え近い。「実を結ぶために」選ばれた、という続きそのもの
かけがえのなさとして点数ではなく、あなたという存在が呼ばれた近い。学院がモットーを「宣言」と説明する読み方

入学の日にどう聞こえたかと、何年もたってからどう聞こえるかは、たぶん違います。どちらが正しいというより、言葉が時間をかけて意味を変えていく、その変わり方にこそ、この言葉を入学式で贈る理由があるのかもしれません。

07ある卒業生の話(寄稿)

ある卒業生の寄稿です。個人が特定されないよう、年度・学部などは伏せています。

なぜ青学だったのか

理系から文系に文転した。古文を学ぶのが面倒だったので、国語・英語・政治経済で受けられるところを探した。

合格を知った瞬間

学校のトイレでウカロ(合否を見るサイト)を開いて、そのまま親に LINE した。

正門までの道

入学式の日に、初めてその道を歩いた。きれいだった。

入学式

「あなた方は神に選ばれました」。そう言われたはずだけれど、聞き流した。讃美歌、オルガン、祈り。初めてのキリスト教の式だったのに、居心地はよかった。

キャンパスの日々

礼拝で聖書を買って、讃美歌を歌ったり、聴いたりした。おしゃれな人は多い。いい人も、わりと多い。箱根駅伝は、毎年応援している。

卒業してから

新聞記者が学生に「青学といえば?」と聞いている場面を見たことがある。男の子が「おしゃれです」と答えると、「違う。君はあまりおしゃれじゃないねえ」と返されていた。青学といえば、駅伝が正解らしい。

地の塩か、世の光か

両方になれるよう、努力します。

入学式の自分へ

怖がらないで。

08出典

  1. 学校法人青山学院「建学の精神・教育方針・スクール・モットー」、青山学院大学「教育方針、理念、スクール・モットー」。
  2. 学校法人青山学院『写真に見る青山学院150年』(厚木キャンパス1982年、スクール・モットー制定1999年、相模原キャンパス2003年、2013年のキャンパス再編、女子短期大学の閉学2022年)。
  3. 学校法人青山学院「青山学院歴史紹介映像『地に播かれた三粒の種』」「主な建物の紹介」。
  4. 学校法人青山学院の沿革(Wikipedia「学校法人青山学院」の年表と照合:1881年東京英学校、1882年合同と青山の土地購入、1883年東京英和学校、1894年青山学院、1927年青山女学院との合同、1943〜1945年の戦時下の閉鎖・合併・空襲被害、1949年大学設置)。
  5. 日本聖書協会『口語訳聖書』ヨハネによる福音書15章16節、マタイによる福音書5章13〜16節。
  6. 月刊陸上競技「第102回箱根駅伝 大会結果」(2026年1月、青山学院大学が総合優勝)、笹川スポーツ財団「箱根駅伝はここをみよう」(2015年の初優勝と通算優勝回数)。