イベントレポート / 2026年9月26日・渋谷ヒカリエ
科学雑誌『Newton』の大型イベント「Newtonフェス」の2日目、最後のセッションに、YouTube「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」のヨビノリたくみさんと、カリフォルニア大学バークレー校教授の物理学者・野村泰紀さんが登壇しました。物理学が「無限大」とどうつきあってきたかから、ブラックホールと宇宙の姿、今年の研究の話まで。会場で取ったメモをもとにまとめます。
要点
講演話は、物理の計算に出てくる「無限大」から始まりました。朝永振一郎さん、そしてケネス・ウィルソンの名前が挙がります。
補足電子と光の理論(量子電磁力学)で素直に計算すると、答えが無限大になってしまう項が出てきます。朝永振一郎は、測れる量(電子の質量や電荷)に無限大を「繰り込む」ことで、有限の答えを取り出す方法を作り、1965年にファインマン、シュウィンガーとノーベル物理学賞を受けました。ケネス・ウィルソンは、理論を「どの縮尺で見るか」によって変わるものとして捉え直す「繰り込み群」を整え、1982年にノーベル物理学賞を受けています。無限大は「理論が間違っている印」ではなく、「その縮尺では見えていないものがある印」として扱えるようになりました。
講演次の話題は、スティーブン・ホーキングが提起したブラックホールの情報問題です。
補足ホーキングは、ブラックホールがわずかに熱を放って(ホーキング放射)、最後には蒸発しうることを示しました。すると、ブラックホールに落ちたものの「情報」は、蒸発のあとどこに残るのか。量子力学は情報が消えないことを前提にしているので、ここに矛盾が出ます。野村さんも今年7月、蒸発するブラックホールの「複雑さ」についての論文を共著で出しています(出典の3)。
講演メモには、「地平線の外にいて飛び込めない観測者から見た話」と、「視点を変えると空間の記述がずれる」という話が残っています。
補足ブラックホールの外に留まる観測者と、地平線を越えて落ちていく観測者とでは、同じ出来事の記述が食い違うように見えます。そこで「どの観測者の立場で書くかを決め、その中で矛盾のない記述を作ればよい」とする考え方があります(ブラックホール相補性)。野村さんはこの方面の研究を長く続けていて、2024年にも共著で論文を出しています。
講演重力があると、3次元の空間に詰め込める情報は、たとえば一辺100の立方体なら「100の3乗」ではなく「100の2乗」しか入らない。空間の中身を、その表面に書かれた情報で表せてしまう。これがホログラフィーです。話は「アンチ・ド・ジッター空間(AdS)」と、そこで成り立つ「AdS/CFT対応」へ進みました。
補足ブラックホールのエントロピー(中に隠せる情報の量)が、体積ではなく表面積に比例することから出てきた考え方で、トフーフトとサスキンドが1990年代に「ホログラフィー原理」としてまとめました。1997年にはマルダセナが、超弦理論で、アンチ・ド・ジッター空間(負に曲がった時空)の中の重力と、その境界の上の重力を含まない理論とが同じものを別の言葉で書いている、という対応(AdS/CFT対応)を示しました。
講演ただし、私たちの宇宙はアンチ・ド・ジッター空間ではありません。AdS で超弦理論が成り立っていることを、もっと一般の時空に広げたい。それが多くの研究者、そして野村さん自身が取り組んでいることだ、という話でした。
補足野村さんは今年2月にも、閉じた宇宙での量子重力について、宇賀神知紀さんとの共著論文を出しています(出典の4)。
講演スティーブン・ワインバーグの名前も挙がりました。
補足ワインバーグは電弱統一理論でノーベル賞を受けた物理学者で、1987年には、宇宙定数(宇宙を加速膨張させるエネルギー)がなぜ小さいのかを、「そうでなければ銀河も人間も生まれない」という人間原理の考え方で見積もった論文でも知られています。野村さんの多元宇宙(マルチバース)の話とつながる人物です。
講演野村さんは今年2本の論文を書き、ダークマターの説明を arXiv(物理学の論文が最初に公開される場所)に出した、という話がありました。
補足arXiv で確かめると、野村さんが2026年に出したダークマターの論文は次の2本です。
どちらも専門家向けの論文です。ダークマターが何でできているかは、まだ決着していません。こうした案がこれから観測で確かめられていく段階です。
講演会場がいちばん沸いたのは、ヨビノリたくみさんが明かした控え室の話でした。開演前、控え室から客席を覗いてみたい。でも、ちょっと見るだけの「弱測定」のつもりでも、見てしまったら台無しになるかもしれない。客席に「あれ、野村先生が見てない?」と気づかれたらまずい。それでも、どれだけ人が入っているのか見たくて、抗えなかったそうです。
補足量子力学では、測定すると対象の状態が変わってしまいます。「弱測定」は、得られる情報を少なくする代わりに、状態をほとんど乱さずに測るやり方で、1988年にアハラノフらが提案しました。
講演最後に、アメリカで研究を続ける野村さんから。科学に対する熱意は、アメリカと日本で変わらない。そして、英語があまり分からなくても、物理が分かればいい。会場の高校生・大学生に向けた、はっきりしたメッセージでした。
野村さん・ヨビノリたくみさんの本
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