読み物 / 暗号資産とインフラ
携帯の基地局、地図、GPU、ストレージ。これまでは大企業が資金を投じて建てるものでした。DePIN(ディーピン)は、そのインフラを個人が機器を置いたり計算力を貸したりして持ち寄り、見返りに暗号資産(トークン)を受け取るという形で作ろうとする試みです。このページは、仕組みを理解し、うまくいっている部分と、そうでない部分を分けて見られるようになることを目的にしています。
要点
身近なインフラを思い浮かべてください。携帯の電波は通信会社が基地局を建て、地図は専門の会社が車を走らせて作り、クラウドの計算機は巨大企業のデータセンターにあります。どれも巨額の先行投資が要り、そのぶん事業者は限られます。
DePIN の発想は、この先行投資を世界中の個人に薄く分担してもらうことです。自宅の窓辺に小型の無線機を置く人、車にドライブレコーダーを付けて走る人、使っていないGPUやディスクを貸し出す人。彼らが機器と手間を出し、見返りにトークンを受け取ります。
用語は2022年ごろ、暗号資産の調査会社 Messari の呼びかけで、それまで「MachineFi」などと呼ばれていた領域を指す言葉として広まったとされています。ブロックチェーンは、ここでは「誰がどれだけ貢献したか」を記録し、報酬を自動で払うための台帳の役目を担います。
DePIN の事業モデルは、次の循環で説明されることが多く、「トークンのはずみ車(フライホイール)」と呼ばれます。
うまく回れば、最初は補助金で立ち上げ、やがて売上で自立するという、スタートアップが顧客を値引きで集める手法をインフラに持ち込んだ形になります。従来の事業者との違いを並べると、こうなります。
| 従来のインフラ事業者 | DePIN | |
|---|---|---|
| 設備を出す人 | 会社(社員・協力会社) | 不特定多数の個人・小規模事業者 |
| 資金の出どころ | 株式・借入・利用料 | トークンの発行(と、のちの売上) |
| 貢献の記録 | 会社の内部システム | ブロックチェーン上の公開台帳 |
| 強み | 品質管理・顧客対応・規制対応 | 立ち上げの速さ、設置場所の広がり、コストの低さ |
| 弱み | 先行投資が重く、拡大が遅い | 品質のばらつき、偽装、報酬がトークン価格に左右される |
DePIN は一つの製品ではなく、領域ごとに別々のプロジェクトがある総称です。代表的なものを、何の「物理インフラ」を集めているかで整理します。個別の優劣や価格は扱いません。
| 領域 | 代表例 | 参加者が出すもの |
|---|---|---|
| 無線通信 | Helium | 小型の無線機(LoRaWAN、のちに携帯回線向けの5G基地局も)。2023年にブロックチェーンを Solana へ移行 |
| 地図 | Hivemapper | 走行中に路面を撮るドライブレコーダー型カメラ。撮影した道路映像から地図を更新 |
| GPU・計算力 | Render Network、io.net、Akash | 使っていないGPUやサーバー。3D描画・AI の学習や推論の需要を狙う |
| ストレージ | Filecoin | 余っているディスク容量。データの保管を請け負う |
| 車両データ | DIMO | 自分の車の走行・状態データ |
| 気象・測位 | WeatherXM、GEODNET | 気象観測局、センチメートル級の測位を支える基準局 |
ほかにも多数あり、入れ替わりも激しい分野です。一覧は DePINscan や Messari のレポートで確認できます。
この表を見て気づくことがあります。需要側の顧客が見えやすい領域(AI向けのGPU、地図データ、気象データ、測位)と、「誰が何のために使うのか」がまだ説明しづらい領域があることです。次の節がその話です。
DePIN を評価するとき、いちばん大事な区別があります。
報酬 ≠ 売上
報酬は、参加者に配られるトークンです。これは多くの場合、新しく発行されたものです。売上は、外部の利用者が実際に払ったお金です。報酬は「補助金」、売上は「商売の成果」。両方を混ぜて「ネットワークは成長している」と語られることがありますが、立ち上げ期に報酬だけが大きいのは、ほぼ当然です。
見るべきなのは、外部の顧客が払った金額が、報酬として出ていくトークンの価値に対して、どれだけの割合になっているかです。割合が育っていくなら、はずみ車は回り始めています。報酬だけが膨らんで売上がほとんど増えないなら、それは「トークンを配る事業」であって、インフラ事業になりきれていません。
実例の読み方を一つ。Helium は、LoRaWAN の無線機を世界中に広げた先行例として知られます。一方で、機器の数に対して実際に使われた通信量は小さかった時期が長く、そのあと携帯回線向けの5Gへ軸足を移して、通信会社として契約者を増やす方向に舵を切りました。「機器が増えた」と「使われている」は別の話で、その差を埋める方向へ事業が動いた例として読めます。
もう一つ、機器を置いた場所や走行ログが本物かどうかを確かめる難しさがあります。報酬がもらえるなら、位置を偽装して架空の機器を増やす人は必ず出ます。Helium でも位置偽装の問題が報告されてきました。DePIN の各プロジェクトは「貢献の証明」の設計に力を入れていますが、これは今も改良が続く課題です。
参加(機器の購入)や投資を考えるなら、少なくとも次を確かめてください。
日本では、暗号資産の報酬を受け取ると、受け取った時点の時価が所得として課税対象になりうると国税庁が整理しています(暗号資産の所得は原則として雑所得)。報酬を売らずに持っていても、課税のタイミングが先に来ることがあります。具体的な扱いは状況で変わるので、国税庁の案内や税理士に確認してください。このページは税務のアドバイスではありません。
危うさを並べましたが、考え方としては筋が通っています。インフラの限界費用は、使われていない資源を束ねることで下げられるからです。家庭のGPUや余ったディスク、通勤の車が、眠ったまま価値を生んでいない。そこに報酬を付けて引き出す発想は、シェアリングエコノミーの延長にあります。
とくにAI向けの計算力が足りない時代には、GPUを分散して集める発想が現実の需要と重なります。うまくいくなら、「大企業にしか作れなかったインフラ」の一部が、小さな参加者の集合で作れるようになります。ただしそこに至るまでの道のりは、補助金に頼る期間が長い。その両方を覚えておくと、ニュースの見え方が変わります。
ニュースを読むときの三つの問い